札幌高等裁判所 昭和30年(う)402号 判決 1955年11月22日
控訴人 被告人 小泉昭七
弁護人 柏岡清勝 外一名
検察官 栗坂諭
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人柏岡清勝、同松浦慶雄提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。
右柏岡弁護人の控訴趣意第一点(法令の適用の誤)について
所論は、本件被告人の所為は、その業務にもとずくものではなく、従つてその罪責は、単に過失傷害にとどまる。しかるに、原判決が本件所為を以て被告人を刑法第二百十一条前段の業務上過失傷害罪に問擬処断したのは、法令の適用を誤つた違法があるというにある。
しかし、同法条にいう業務とは、各人が社会生活上の地位にもとずいて継続して行う事務にして、人の生命身体に対する危険を伴うものを指称し、その業務を行う手段、目的の如何はこれを問わないものというべく、従つて、自動車運転者が日常自己が従事する業務の遂行のためでなく、偶々路傍に駐車する他人の自動車を運転した場合と雖も業務でないとはいえない。今本件についてこれをみると被告人が普通自動車の運転免許を得て製炭業を営む実父の許で貨物自動車の運転に従事し、自動車運転者として人の生命身体に対し危害をおよぼす虞のある行為を継続反覆するの地位にあつたところ、昭和二十九年十月二十五日午後七時頃帯広市西二条南十一丁目藤森食堂前で、偶々同食堂前道路端に帯広駅に向けて駐車中の普通乗用自動車(帯三-二五〇六号)をみて、これが操縦運転に従事したものであることは、原判決挙示の証拠によつてこれを認めるに十分であつて、たとい右自動車が平生使用のものと異なるからといつて、被告人の右行為が刑法第二百十一条にいう業務に該当することは、前段説示するところにより明らかであるというべく、このように自動車運転に従事するものが、いやしくも自動車を操縦するにあたつては、須く万全の措置を講じて事故発生の機会を未然に防止すべき業務上の注意義務のあることは勿論であるから、原判決において、被告人が当時歩行困難ならざる程度に泥酔し、到底正常な運転をなし得ない状態にあつたのみならず、前記自動車の駐留付近一帯は同市の中心部に位する繁華街で交通最も頻繁地点であるにかかわらず、何等の顧慮なく、右自動車の運転台に座していきなりこれが操縦をなし原判決のような事故の発生した事実を認定し、これに対し刑法第二百十一条前段を適用処断したことは洵に相当であり、原判決は、何等所論のような法令の適用を誤つた違法の点は存しない。論旨は理由がない。
同第二点および右松浦弁護人の控訴趣意(いずれも量刑不当)について
本件記録ならびに原裁判所で取調べた証拠によつて認められる本件犯行の動機、態様、被害の程度、その他諸般の事情を総合すると、各所論を考慮に容れても、本件犯行当時被告人が心神耗弱の状態にあつたことを認定して、これを十分斟酌したうえで、原判決が被告人を禁錮四月の実刑に処したのは相当であつて、その量刑が不当に重いとは認められない。各論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 水島亀松 裁判官 中村義正)
柏岡弁護人の控訴趣意
第一点原判決は法令の適用を誤つたものでこの誤りは判決に影響を及ぼすこと明かである。
被告人が駐車中の普通乗用自動車(帯三-二五〇六号)を運転したことを業務と認めているが当時この車は被告人が任意に運転してよい車ではなく他人の車であり、この車を運転することは被告人の仕事ではなかつた。即ち被告人は他人の車を恣に使用した即ち盗んだという罪を犯したと見るべきである。原審はこの車の所有者又は占有者の権利に対する被告人の侵害行為を不問に附している。被告人に自動車運転の技術があるとか免許状を所有している事実に捉われて被告人が窃盗罪を犯したという事実を逸脱している。数十万円又は数百万円の価格のある自動車を恣に使用された者は刑法上の反射的保護を受けない――使用者が運転手なるが故に――ということは到底考えられないことである。運転手が使用しようと他の者が使用しようと窃盗には違いない。論者或は被告人にこの車の領得意思がないから窃盗罪を構成せぬというかも知れないが、この車の所有者又は占有者は被告人がこの車を恣に使用することを暗黙の裡に了解するであろうことは到底考えられないし被告人がこの車を運転することによりエンジン及車体はその使用時間相当の損耗をするしガソリンは消耗されるので財産上の損失は車が後刻返還されても顕著である。即ち被告人の一連の行為によつて被害法益は二個存在するので山内一市に対する傷害の事実のみではない。然して山内一市に対する傷害の点は被告人がその仕事である木炭の運搬又はこれと関連ある運転中の傷害ではなく前述の他人の自動車を盗用中の傷害であるから業務中の傷害の観念を排除するから被告人は窃盗罪と過失傷害罪とに問わるべきものであるのに原審は刑法第二一一条前段の罪即業務上過失傷害罪を以て処断したのであるからこれは法令の適用を誤つたものである。
(その他の控訴趣意は省略する。)